扇子
連日のように茹だるような暑さが続く夏の夜。僕は待ち合わせ場所に指定してあるとある公園の前で立ちつくしていた。……暑い。
昼に縁日のお祭りに参加する約束をして、この公園前で集合と決めてきたのは彼女の方からだった。約束の時間にはまだ少しあるのでこちらが早く来すぎてしまっただけである。まだしばらくは待つことになりそうだ。
辺りは既に日が落ちており夜の暗さが敷き詰められている。この公園は会場からは離れているので人だかりはほぼほぼ無く、虫の鳴き声が遠くから聞こえてくる。夏の夜、とは言えども風はあまりなくじっとりと熱気が感じられる。ここでこれなら会場はもっと熱いかもしれないな。
スマホに視線を落としていると、カランコロン、と下駄の音がこちらに近づいて来る。集中している風を装って顔は上げないでおく。
おまたせ、と声を掛けられる。そこで初めて彼女の方をゆっくり向く。
思わず目を見開く。その一場面だけ一瞬止まったように僕は思えた。年相応に明るい色合いに淡い花柄が描かれた浴衣にいつもと違い髪を下している。これは去年も見た。だが今年はそれらを纏めるかのように先が薄い青色で染められた扇子。それが存在感を放っていた。
視線から扇子に目が行ってることに気付いた彼女はこれいいでしょ、と自慢気に見せてくる。思わず、浴衣に似合っていて良いね。と答える。
それに気を良くした彼女は扇子を持っていない手をこちらに差し出してにこやかに言った。
ほら、早く行きましょ?
この瞬間が今日一番だな、と確信してしまった。僕はその手を取って、ゆっくりと歩き出した。
「青竹京堂 扇子&扇子袋」シリーズ
夏の夜。そんなときに、これは美しい。